生涯にわたって自発的に続けていきたいと思う勉強や読書があるとしたらそれはある種の人間にとって如何なる意味を持つのか、という辺りをあれこれ考えてみたいと思う。

勉強というのは畢竟『一人で行う内省的かつロジカルな営み(どちらかというと他者から離れて自分の内的世界の表象・演算に集中する営み)』である から、試験勉強をみんなで集まってやることはあっても(それでも勉強が得意な人ほど他人と一緒に勉強する効果がないと感じるだろうが)、勉強をしている人 を『楽しそうにしている羨ましいリア充』と認識する人は一般的には余りいない。
勉強を何らかの手段としてしか捉えられない時、『勉強はしないで済むならしたくないもの』に過ぎず、特に学生段階の勉強というのは入試や定期試験 のために、仕方なくやっている人も結構な割合でいるからである。大人になっても『何かに役立つ実用的なメリットがある勉強・読書』以外は一切しないという サラリーパーソンは少なくない。

§86 · 11月 30, 2014 · 未分類 · · [Print]

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